更新日:2026.01.23
屋久島と屋久杉

突然ですが、皆様は、
「今一番、国内で旅行に行きたいのは?」
と聞かれたら何と答えますか?
私は迷うことなく「屋久島」と答えます。
理由はもちろん「屋久杉」をこの目で実際に見てみたい、
そして、屋久島、屋久杉の歴史や地理がとても興味深いからです。
屋久杉に関しては、アトリエ木馬のブログでも何度か記事にさせていただいていますが、
今回は「歴史」「地理」に特化して「屋久島・屋久杉」のお話しをさせてください!
屋久島とは
屋久島は鹿児島県熊毛群屋久島町に属し、
種子島とともに大隈諸島を形成する島で、島の周囲は約130km。
日本の島で7番目に大きな島だそうです。
1993年にユネスコ世界自然遺産に登録され、
大変希少な自然が残っています。
屋久島は地理的な面でとても特徴的で、
宮之浦岳という大きな山を島の中心に、そのふもとの海岸付近は亜熱帯性(沖縄県付近と同等)の植生がみられ、山頂付近に行くと、冷温帯(本州北部から北海道西部と同等)の植生がみられます。
これが北半球の温帯地域ではほとんど例のない気候なのだそうです。
屋久島の気候
「屋久島は月のうち、三十五日は雨」と言われるほどに雨が多く、年間降水量が8,000mmを超えます。(日本全国平均が年1,700mm)
なぜこんなにも雨が多いかというお話しをすると、さらにもう一つブログが書けそうなくらいのお話しになるので、今回は控えさせてください…。
このため、屋久島は、渓流植物(※①)や着生植物(※②)といった、雨の多い気候に適した特殊な生態系を持っているため、
自然環境保護法に基づいて、原生自然環境保全地域に指定されており、開発行為などが厳しく制限されています。
※①:川の流れが速い、あるいは、洪水時に水没する川の渓流偽則する植物
※②:土に値を下さずに、木の上や岩に根を張る植物。
そんな屋久島の自然を形成する大きな特徴のひとつが「屋久杉」です。
屋久杉とは
屋久杉とは、
屋久島において標高500m以上の産地に自生する樹齢1000年を超える杉の木を指します。
今から約1000年前というと1026年。
日本史では必ず登場する藤原道長などが生きた時代、平安時代辺りから屋久島の土地に自生していたことになります。
屋久杉は、弥生時代や古墳時代、それより前のものも確認されており、私達には想像もつかないほど長い時間を生きてきたのだなと考えると、
やはり神聖なものを感じずにはいられません。
屋久杉の歴史
古くから信仰の対処となっていた屋久島の山奥に育つ屋久杉を伐採することは、室町時代まではありませんでした。
しかし、薩摩藩(現在の鹿児島県)の島津氏が力を強め、その藩政として屋久杉の伐採が始まりました。
実際に、1457年頃のものと推定される切り株が確認されているそうです。
切り株が何年頃に切られたものか推定できるなんてすごい時代になりましたね…。
実際に史実が残っているものとしては、
1590年代に豊臣秀吉が京都に方広寺を建立するため、その柱に屋久杉を使用する目的で、島津氏が調査に来たという記録が残っているそうです。
江戸時代以降~

実は、屋久杉を伐採せずに守ろうとなったのはだいぶ最近の話です。
江戸時代には薩摩藩が屋久杉の材を年貢として定め、幕末期までに約5割~7割の屋久杉が伐採されてしまったようです。
さらに、明治時代には、島の8割が国有化され、
国は大規模伐採に向け動き出します。
これが1920年頃の出来事です。
そして、完全に伐採禁止になるのは1984年。
屋久杉を守ろうという活動は少しずつ活発になってはいたものの、あまりに最近すぎて、もっと早く気づき、保護していたらと思うばかりです。
そして…

1993年に屋久島が世界自然遺産に登録され、
2019年3月の競りを最後に屋久杉を島外へ持ち出すことが禁止されました。
さいごに
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